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恋じゃねえ、愛なんだ(火黒・新刊サンプル)

ShadowTrickster3発行の新刊サンプルで…した!
なぜ過去形かというと、なぜかこのブログでもお知らせしたつもりなのに、下書きのまま上がっていなかった!!ということに今ごろ気づいたからです…!ひええ、すみません!
ShadowTrickster3で委託販売していただいた分は、無事完売しました、ありがとうございます!
残りわずかだった「それは恋じゃねえのか」も完売しました!
あっ、こちらの方は、見本誌まで買っていただいたようで…!
見本誌は販売外ということでしたので、YOUさんの手違いのようですが。
そして本来ならお取替えさせていただくところなのですが、どうにも最後の一冊でしたので;; 
ご了承くださいませ。申し訳ありません;;
書店さんの方はとらのあなさんは完売していますが、K-BOOKSさんの方にはまだ在庫がございますので、よかったらぜひぜひ。
http://www.c-queen.net/ec/products/detail.php?product_id=140582



★付き合い始めたもののキス以上の関係に進んでいいものか悩む火神と、中学時代のとある出来事が思い出されて恐怖心で先に進めない黒子。
それでも二人の無意識いちゃいちゃっぷりは周囲が引くほど。
初デートでは青峰、黄瀬、桃井に遭遇して…。
『それは恋じゃねえのか』から続いていますが、単独でもお読みいただけるように書いています。甘々火黒です。そして1月発行の本に続く予定です。













「空がきれいですね」
「おう」
「もう秋ですね」
「まだ夏だろ。充分あちぃぜ」
「あ、赤トンボ」
「うおッ、蚊がいやがった! このやろ」
「そろそろ虫の声も」
「蝉、ガンガンにうるせえし」

屋上の柵を背に凭れ、2人で昼食を取りながら、空を見上げる。まだ確かに夏の熱さは残っているものの、風は随分と心地よくなった。
その風に頬を撫でられながら、黒子が火神の返答にまったくもうと唇を僅かに尖らせる。
「…相変わらず、情緒ってもんがまるでないですね、君は」
呆れたように言う黒子に、あっさりと火神が返す。
「んなもんあったって腹は膨れねーって。おら、さっさと食えよ。時間なくなっちまうぜ」
噛み合わない会話も笑顔ひとつで払拭する火神の大らかさに、黒子が目を細めて口許を上げる。こんな何気ないやりとりが、つい笑みがこぼれてしまうくらいに楽しい。
「僕はあとプリンだけですから。火神君、まだ残ってるんですか?」
「俺もあと3個ぐれーかな」
コンビニの袋の中を覗き込んで、火神が応える。黒子はプラスチックのスプーンを取り出し、掬いにくそうにしながらプリンを食べ始めた。
「残りだけでも僕の3倍です」
「お前、食わなさすぎなんだよ」
「燃費がいい証拠です。少しの栄養でたくさん動けるんだったら、その方が経済的です」
「動けるんならな。けどお前、いっつも練習の最後の方、完全ガス欠じゃねえ?」
プリンのスプーンを咥えたまま、黒子がむっと横目で火神を睨む。
確かにその通りだけど。練習が終わるなり、体育館の床にべたりと倒れこむのも、もう日常茶飯事だけど。
手を抜かずに力を出し切ってるせいです、努力の賜物ですと珍しく早口に返して、黒子が残りのプリンを一気に掻き込む。そして、ふうと溜息をついた。サンドイッチ一個とコーヒー牛乳とこれだけで、早くも胃は満杯状態だ。
「プリン食べ終わりましたよ。火神君、まだですか?」
「あと1個」
「ジャンク読んで待ってます」
「あっ、お前、それ俺が買ったやつじゃねーかよ、先読むな!」
当然のように別の袋から雑誌を取り出す黒子に、パンをかじりながら待てと火神が手を伸ばす。
「ケチですねえ。じゃあ、僕が先に読んで火神君に内容を教えてあげます」
「いらねーよバカ! あとで読む楽しみがなくなんだろうがっ、こら返せ!」
「嫌です」
「テメ…!」
伸ばされた火神の手に腕を掴まれ引き寄せられ、黒子の身体がいとも簡単に火神の膝の上へと引き上げられる。
「返せ、つーんだよ」
「うわ…っ」
「お…」
ぐいと力まかせに引いたはいいが、思いのほか軽々と接近してきた黒子の身体に、引っ張った当の火神が眼前まで来た黒子の瞳にぎょっとなる。
黒子の手から雑誌がばさりと落ちて、パラパラと風にページが捲られた。が、もう2人ともそれどころではなかった。
「火神、君…」
「黒子…」
鼻がくっつきそうなほどの至近距離で見つめ合って、黒子が頬を染め、ごく自然な流れで目を閉じる。黒子の両の二の腕を捕らえ、火神が自分の肩へと回させる。唇が近づき、そっと触れ合った。
くすぐったいくらいの微かな触れ合いなのに、それでも胸の奥と頬が熱い。一度離れ、見つめ合って、確かめるようにもう一度、そっと重ねた。
今時、中坊だってもう少し大胆なキスをするんじゃねえか?
頭の隅で火神が思うが、今の自分たちでは、これでもいっぱいいっぱいだ。たったこれだけのことで、体温が上昇する。掌がじとりと汗ばむ。
唇が離されるなり、互いに我に返ったように、かぁあっと赤面した。
「火神君、ここ、学校です…」
「…知ってるよ」
「なら…いいんですが」
何がいいのかよくわからないまま、黒子が目許を赤らめ、横を向く。それでも火神の足の間に身を置いた状態で、肩に回した腕は解かない黒子に、火神がそっとその薄い背を抱き寄せた。抵抗するかもと思ったが、黒子はあっさりと体重を預けてくる。
「…誰がきたら」
「だから、ちっとだけな」
「……火神君」
ちょっとだけなら、と自分への言い訳のように小さく呟き、黒子が火神の肩口で目を閉じた。
屋上を、心地よい風が吹き抜けていく。
なるほど、1週間前まではまだじっとりと汗ばむ熱気をはらんでいたのに、それが少し和らいでいる。確かに、季節は秋めいてきている。思いながら、火神が制服の袖口の青いラインの下から覗く、黒子の白い腕をちらりと見た。
腕、細ぇな。いや、しっかり筋肉はついてるし、他の男子もこんなもんかもしれないが。線が細いのか。それとも色白なせいか。
(…なんつーか。コイツだけ、男子なのに、やけにエロく感じんだけど)
そう思うのは、やはり意識しているせいだろうか。当たり前だが、他の男子の腕を見ても何とも思わない。それどころか女子の腕を見ても、こんな風には感じないのだ。〈それはそれで問題かもしれないが〉
すぐ真近にある赤らんだ頬に、引き寄せられるように唇を寄せる。
(…うわ、やわらけぇ…)
男子のものとは思えない肌の滑らかさとやわらかさに、火神がつい我を忘れる。唇をずらし、耳朶を唇で軽く食んで、制服のシャツのボタンを一つ外して肩をずらせば、細い銀のチェーンが視界に入った。その先には、今、火神が身につけているものと同じ銀のリングがある。
そう考えるだけで、身体の奥が熱を帯びる。脇に手をいれ、抱きしめ直して、火神が露になった黒子の肩のラインに唇をふれさせた。
「だ、だめです…火神君…」
「もう、ちっとだけ」
「や…だめ、ですって」
「お前の肌すべすべで、こうやってっとすげー気持ちいい」
味わうように首もとへと唇を這わせた途端、びくり…とその身体が硬直した。
と、同時に、いきなり前から飛んできた黒子の手に、ストップです、と顔を押されて火神がのけぞる。
「うお、何すんだ、てめぇ…!」
バスケットボールを自在に操る強い力で顔を掴まれ、火神が『おいこらやめろ』とじたばたと藻掻く。黒子がその間に素早く火神から身を離すと、さらには自分の食べた後のゴミをまとめ、鞄を肩に掛けて立ち上がった。
「先に行きます」
「って、おい何だよ、どうし…」
慌てて伸べられた火神の腕を手で制して、黒子がくるりと踵を返す。逃げるように火神から離れた。
「え、ちょ、待てよ。まだ練習の時間までには」
「いえあの、僕、委員会の用事を思い出したので…! 先に行きます、じゃあ」
後の片付けは火神君にお願いしますと言い残して、黒子がひらりと背を向け、両手で屋上の扉を押し開く。
「おい、黒子…?」
いきなりどうした? 俺、何した??というように、1人屋上に取り残された火神は、派手な音をたてて閉じる扉を茫然と見つめた。






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新刊サンプル1

「それは恋じゃねえのか」(サンプル1)


「――青峰」
前で、火神が名を呟くのが聞こえた。
それが、まるで相手にも聞こえたかのように、チームの選手らがやや寂れた繁華街に向かっていくのに反し、青峰だけがその場に留まる。主将の今吉が、何か一言二言声をかけたようだったが、青峰が動く気がないと悟ると、『あんまり遅れんなや』とだけ言い残し、メンバーを連れて歩き出した。
そんなチームメイトには構わず、青峰が道路脇のガードレールをひらりと飛び越え、砂浜へと降り立つ。スポーツバッグを肩へと掛け直すと、砂を踏みしめるように大股で歩き出した。
「あれ?」
「おいおい、なんか、こっち来んぜ」
「何ビビッてんだよ、つっちー」
「いやコガ、別にビビってねえよっ、ちょっとだけしか」
「ビビってんじゃん」
「微々ビビる…。今のは、本当にちょっとだけビビってるという…」
「伊月、説明のいるダジャレはいいっつーの」
言っている間にも、青峰が目前に近づいてくる。が、先頭の日向や伊月らには挨拶もなく、真直ぐに最後尾にいる黒子に向かった。
黒子の顔が、きっと引き締まる。
青峰と対峙するのは、インターハイ予選の決勝リーグで大敗して以来だ。
お前のバスケじゃ勝てねえよと冷たく蔑まれ、文字通りゲームも精神的にも叩きのめされた。
その後、残る2戦も惜敗を記し、誠凛高校に入ってから初めての苦渋を味わった。火神とも一時溝のような距離が出来、心身ともにかなりつらい日々を送った。
だが、それももう乗り越えた。そのおかげで、火神とも、以前よりさらに強い絆が出来たと思う。
だから、今なら真直ぐに向き合える。
黒子が睨むように青峰を見上げた。
「よう、テツ」
「おい」
接近した青峰の前に、火神が立ちはだかる。が、青峰はあっさりとそれを無視し、かわすように前進した。
「テツ」
「…どうも」
「んだよ、シカトすんな、テメエ!」
「うるせえ。テメーに挨拶してやる義理なんざ、ねぇっての」
一瞥さえくれずに火神に返すと、青峰が黒子の前に立つ。黒子が、目前に来た長身を見上げた。また一段と迫力が増した気がする。
「青峰君」
「手出せ」
突然の言葉に咄嗟に意味を計りかねて、黒子の眉間がえっ?といぶかしむように寄った。
「何ですか?」
「これ、お前んだろ?」
差し出されたものに、黒子が、あっ…と声を上げる。思わず両手を開いて、それを受け取った。
「―これ」
「何だ。失くしたことにも気づいてなかったのかよ。さつきが泣くぜ」
「…いえ。探してました。でも、てっきり家で落としてきてしまったのかと」
「バス停のベンチに引っ掛かってたぜ。紐のとこ引っ掛けてちぎれちまったんだろ」
『必勝』と縫われた、手づくりの招き猫のマスコット。
桃井の手作りのそれは、まだ帝光中の2年の時に、新しくスタメン入りした黄瀬も含め、キセキの5人と黒子に手渡されたものだ。
なぜ招き猫なのかは忘れたが、たぶん当時の緑間の必勝アイテムだったのだろう。
「あ。直してくれたんですか?」
「つーほどでもねーけどな。紐んとこ結び直しただけだ。短くなっちまったな」
「いえ、いいです。ありがとうございます」
いかにも無器用な結び目に、黒子がやや表情を解く。その微妙な変化に気付いて、青峰が目を細めた。
「お前、まだ持ってたんだな」
「…大事な思い出ですから」
「思い出、か」
「あ。桃井さんは? 一緒じゃないんですか?」
これを黒子が落としていたと知ったら、桃井が大騒ぎをするはずだ。
「さつきは、荷物やら何やらがあるからってよ、家の車で遅れて来るらしい」
「そうですか」
応えて、黒子がちらりと皆を見る。その場で足踏みをしつつ待ってくれているチームメイトと、それから火神を見、青峰に丁寧に頭を下げた。
「じゃあ、行きます。わざわざすみませんでした」
「…おう」
俯くと同時にぽたぽたと砂に落ちる大量の汗に、青峰がおいおいと肩を竦める。
「相変わらず走んの苦手だな、テツ。すげー汗」
呆れたように言って、さんざん汗を吸って色の変わっている首のタオルを見ると、待ってろとスポーツバッグを開ける。そして、自分のタオルを取り出し、黒子の頭の被せると、がしがしと乱暴に拭き始めた。
「わ、青峰君、いたいです、いたい」
「うるせー、拭いてやってんだろ、文句言うな」
「でも、わっ、ちょっ、力抜いてください、頭、もげます」
「もげるか」
そんなヤワかよテメーが!と、かはっと笑う青峰に、黒子がはっとしたようにタオルの隙間から青峰を見上げる。頭の上に乗った掌の重さに、不意に瞳を細めた。懐かしいやりとり。
かつて、2人はこんな風だった。かつて帝光中で、光と影コンビと呼ばれていた頃は。
「テツ…」
「青峰君?」
「いや。何でもねえ」
顔を上げた黒子の頭からサッと手を引いて、青峰が視線を逸らした。らしくない表情に、黒子がその横顔を凝視する。それをなぜかバツが悪そうにちらりと見ると、黒子の頭からタオルを取り去り、青峰はじゃあなと踵を返した。
「あとで水分補給もきっちりしとけよ。ヘバんぞ」
「…はい」
頷く黒子に背を向け、挑むように睨んでくる火神の視線に気付くと、青峰が真っ向から睨み返す。
「あちぃんだよ、テメエは。睨むこたぁねーだろ」
「うるせえ。用が済んだらとっと行けよ。これ以上、練習のジャマすんな」
「言われなくてもそうするっての。テメエの暑苦しい面、いつまでも見てたかねぇからな」
「お互い様だ」




新刊サンプル3

「それは恋じゃねえのか」(サンプル3)


合宿最終日は、近くの神社の境内で夏祭りが行われるとのことで、『まあ最後に羽を伸ばさせてあげるのもアリっかな~?』とのリコの計らいで、午後から民宿を出発する時刻までは各自自由行動が許可された。
とはいえ、羽を伸ばすどころか、いっそその羽をもぎ取られるんじゃないかと恐怖するほど、最後の仕上げの練習はキツかったけれど。
「うわー、すごい人ですね」
「へえ、えらく賑わってんだな」
「ここいらで合宿してる学生が、一気に押し寄せたカンジだなー」
「おおっ、浴衣だあ! いいねえ、夏祭りって萌えるな! なっ水戸部」
「…」
「えーマジ! そっか水戸部、浴衣モエかあ、わかるわかるその気持ち!」
「なんで水戸部の言ってることがわかんのか、俺にゃ、そっちのがさっぱりわかんねえよ、コガ」
「んなこと言ってないで、つっちー、早く来いよぉ、はぐれるぞー」
「うぉーい」
人込みの中を行く2年組についていきながら、延々と連なる出店の数に、火神がきょろきょろしつつ目を輝かす。
「おっ、唐揚げうまそう! 牛串もあるじゃねえか!」
「嬉しそうですね」 
「おう、うまそうなモンいっぱいでテンション上がるぜ」
言いながら、あっちの店こっちの店で食べ物を漁る火神に、それを持たされながら黒子がやれやれと溜息をつく。
「食べ過ぎですよ、火神君」
「何言ってんだ、まだ序の口だろうが」
「火神、こっちー。射的あるぜ、やろうやろう。うわ、すでに両手いっぱい食べ物持ってる!」
「お? 射的か」
「出来るんですか?」
「んなもん誰でも出来るっつーの!」
持ってろ。とさらに黒子の手に食べ物を押しつけ、火神が福田に手渡された銃で、店に並べられた景品に狙いを定める。そして、次々と狙い通りに景品を撃ち落としていく火神に、降旗たちから歓声を上がった。
「おおっ、すげえ!」
「うまいなあ、火神」
「百発百中ですね」
「どんなもんだっての」
「慣れてますよね。アメリカで本物撃ってたんですか?」
「ぁあ? 真面目な顔でとんでもねえこと言うな、んなワケねーだろ!」
「そうなんですか?」
「あったり前だろ! つか、黒子てめえ、俺のポテト勝手に食うな!」
「こんなに持たせるからですよ。――あ」
「ん。どした?」
ふいに雑貨の店の前で、黒子が何かを見つけたように立ち止まる。同じく立ち止まった火神を見上げ、黒子が大量に引っ掛かっているキーホルダーの中の一つを指差した。
「火神君。これ」
「ん?」
「これ、一緒に買いませんか?」
「バスケットボールのキーホルダーか。へえ、いいじゃねえか」
「じゃあ、お揃いで」
「…おう」
はにかむような微笑と上目使いで見られ、火神が照れ臭そうにあさっての方向を見ながら、同じものを指に取る。
「うおお、お揃いッスか! ずるいなあ、火神っち! オレも買おうかなー」
「黄瀬くん…!?」
「黄瀬!? なんでここに!?」
いきなり背後に現れた、見るからに目立つ派手な男に、2人が同時に驚いたような声を上げる。
「いやー、奇遇ッスねえ」
「海常もこのへんで合宿だったのか?」
「えー、まあそんなカンジ?ッス」
「嘘をつくな、黄瀬。お前は勝手に混ざってきただけなのだよ!」
「うわ、緑間っち!」
「秀徳も来てんのか!」
「何を言っている! 昨日から、誠凛と一緒の民宿に泊まっているのだよ!」
「あー、そうだっけ」
「そういえば」
洗面所で会ったような、と火神と黒子が思い出す。
「お前たち…! いったいどこまで不義理なのだよ…!」
「じゃあ、緑間君が黄瀬君を呼んだんですか?」
「そんな訳ないのだよ。誰がこんなバカを呼ぶものか。こいつが勝手に俺の携帯からメールしたのだよ!」
こいつと指差され、緑間の隣から高尾がひょいと顔を出す。
「だってメンバー豪華な方が楽しいじゃんか、真ちゃんも! なんせ桐皇まで来てるっつうんだからよ」
「こんなバカって、ひどいッス!」
「別に俺は会いたくなどないのだよ」
「まーまー、本当は嬉しいくせに」
「嬉しくなどない、いつもいい加減なことを言うな、高尾!」
言い合う緑間と高尾を見比べ、黒子がしみじみと言う。
「相変わらず、仲良いですね。緑間君と高尾君は」
「そーだろ。俺たちラブラブだもんな、真ちゃん!」
「なっ…! 気持ち悪いことを言うな!!」
「照れんなって。けど、そっちだって相変わらずらぶらぶじゃん、誠凛1年コンビ」
「えっ!マジでラブラブなんスか、黒子っち!?」
「まあ、そうです」
「ばっ…普通に認めんなっ!」
「ええええぇ、黒子っちと火神っち、いつのまにそんなカンケーになったんスか!? マジ有り得ないっスよ!」
「何騒いでんだ、相変わらずうるせーぞ。黄瀬」
さらに背後から近づいてきた色黒・長身の男が、そこに混ざった。
「うおお、青峰っちー! 久し振りっス! 相変わらずは余計ッス!」
「…どうも。昨夜はすみませんでした、青峰君」
「よお、テツ。あれから、こっぴどくシメられたかよ?」
「はい。絞められました。それは、もう」
「真顔て返すな、こえーだろ! って、何しに来てんだ青峰。黄瀬同様マジで暇なのか、テメー」
「ちょ暇って! そこでオレを出すのやめてほしいっス、火神っち! 誠凛も秀徳も桐皇までここで合宿って聞いたから、わざわざ慰労に来たんっスよ!?」
「手ぶらでか?」
「ひっどいスねえ、青峰っち! そりゃー、えっと何もないッスけど、代わりに俺のこのありったけの愛をみんなに贈るっス!!」
「行くぜ、黒子」
「行きましょう、火神君」
「じゃあな、黄瀬」
「行くぞ、高尾。とっとと帰って練習するのだよ」
「今来たばっかじゃん、真ちゃん。もっと遊ぼうぜ」
「ええええぇえ、ちょ、みんな、ヒドイっスよ~~!」


前途に光



『この際ハッキリ言ってやる。そいつはムダな努力だ。―お前じゃ俺を倒せねぇ』


冬の冷たい風に頬を打たれながら、黒子が青峰の言葉を頭の中で反芻する。
完膚なきまで、徹底的にしてやられた。まるで歯が立たなかった。
あれほど入念に培ってきた努力の芽が、残酷なくらいに容易く毟り取られた。微塵ほどの容赦もなかった。
それが彼の強さだと、わかってはいたけれど。
黒子が悔しげに、薄い唇をきゅっと噛み締める。


―青峰大輝。
帝光中学のバスケ部に入部してまもなく、彼は黒子の憧れの存在になった。
1年で、入部してすぐさま一軍スタメン入りを果たした、才能に溢れた選ばれた1人。
とても手の届かない遠い存在だった。
それでも、少しでも彼のようになりたい近づきたいと思い、黒子は毎日部活が終わってからも1人、第4体育館で黙々と練習を続けた。
だから、そんな青峰の方から声を掛けられ、毎日一緒に練習するようになった時は、天地がひっくり返るくらい嬉しかった。本当に夢のようだった。
何の変哲もない穏やかな日常が、一変した。
日々がいきなり輝き出したのだ。
さらに赤司にも認められ、一緒に試合に出るようになると、ますます黒子は真骨頂を発揮した。
絶妙のタイミングで出したパスを青峰が受け、見事なダンクを決める瞬間、黒子の胸は喜びで弾んだ。何よりも満たされる瞬間だった。
黒子にとって青峰の存在は、名実ともにまさしく『光』だったのだ。
――が。
とどまるところなく才能を開花させ、進化し続ける青峰のバスケは、やがて影の存在を必要としなくなっていった。
彼の信じるものは、もう自分以外なくなってしまったのだ。
天才プレイヤーの孤独。
だが、黒子にそれが理解できよう筈もなかった。
自ずと、自分の力の限界を思い知った。
それでも、もう一度、あの大きな拳と自分の拳を合わせて欲しくて、懸命に追いかけた。待ってはくれない背を、ただ焦がれてついていった。
だが。
パスを受けてくれなくなった青峰の傍でバスケを続けることは、もう苦痛でしかなかった。
そして、青峰の影でなくなった黒子は、同時に、帝光バスケ部での居場所をも次第に失っていった。
赤司にそれを通告される前に退部を決めたのは、自己防衛のためだったろう。
テツヤはもういらないよ、と宣告されてからでは、二度と立ち上がることが出来なくなると気付いていたから。
それにこれ以上、大好きだったバスケを嫌いになりたくはなかった。

逃げるようにバスケを離れた時、胸にあったのは、微かな安堵と、虚しい解放感と、果てのない無力感だけだった。
悔しさはなかった。涙もなかった。
何も無かった。
それが逆につらかった。

青峰という光を失い、バスケをやめ、黒子の日々は輝きを失った。
自分の存在が、今まで以上に希薄に思えた。
もう誰も、僕を見ない。見つけてくれはしない。
ぼくはもう、影でさえないんだ。




それでも。



それでも。
ずっと、
胸で燻り続けていた願いがあった。





『ただもう一度。青峰君が笑ってプレイする姿を見たい』





あんなにバスケが大好きだった青峰の、楽しそうにプレイをする姿をもう一度。
どうしても見たかった。






ウィンターカップ初戦。対・桐皇戦。
後半が始まる前の10分間のインターバル。
黒子を捜しに来た火神に、黒子はしんみりと青峰とのいきさつを話して聞かせた。
話したところでどうなることでもないし、ましてや、相手は今まさに戦っている敵チームのエースだ。

何寝ぼけたこと言ってやがる、そんな場合か!
わかってんのかテメー、そいつは今、俺が必死で戦ってる相手なんだよ!
笑ってプレイする姿が見たいだぁ!? ふざけてやがんのか!?

そう怒鳴られてもおかしくない筈だった。
言ってしまってから、黒子も、内心しまったと思った。
だが、実際の火神の反応は、黒子の予想とは全く相反したものだった。
火神は、ただ静かに黒子の話に耳を傾け、そして、こう言ったのだ。
「俺たちが勝ったところで、あいつが変わるかどうかなんてわかんねー。ただ、負けたら、それこそ今までと何も変わらねぇ」
言って、黒子に大きな背を向ける。ウインドブレーカーが風に靡いた。
「俺たちに出来んのは、勝つために全力でプレイすることだけだろ?」
黒子が、その言葉にはっとなる。
そうだ、確かにその通りだ。
言われてみれば、簡単なことだった。
火神が言うと、不思議とそう思える。
そんな単純なことで、今まで悶々と考えを巡らせていたのか。
思えば、自然と黒子の口許が持ち上がった。
(―そうだ、勝つんだ。今は、それだけだ)
勝てば、きっと答えは自ずと出る。
その代わり、火神の言う通り、もし負けたらそこまでだ。
今までと何も変わらない。変えられない。
上げた黒子の眼差しの向こうで、冬の太陽が鮮やかに火神の背を照らし出す。
頼もしいエースの背中。
微笑む黒子の瞳が、だが次の瞬間、僅かに陰った。
無意識に、火神の背を青峰の背とダブらせてしまったのだ。
強すぎる光の前では、影は存在を失われる。
影をも一緒に、強い光の中へと取り込んでしまう。
―いつか、そうなってしまうんだろうか。火神も。
辺り一面をその強い光で包んで、影の存在を消し去ってしまう、苛烈な光源になるのだろうか。



嫌だ、それは。


消えたくない。
ずっと一緒に戦いたい。
共に在りたい。
火神君と。



(火神君…)



心の中で無意識に呼んだ黒子の声に、ふいに火神が振り向いた。
「あ?」
「えっ…」
突然振り向かれ、虚を付かれたように驚く黒子の顔を見て、火神がいぶかしむように眉を寄せる。
「何だよ、呼んでおいてびっくりすんな」
「僕…ですか?」
呼びましたかと首を傾げる黒子に、火神の顔がますます怪訝そうになった。
「おい、何すっとぼけてんだよ。今、呼んだだろ?」
まさかお化けじゃねえよな?とでも言い出しかねない火神を見つめ、黒子もまたむぅ…と眉を寄せた。
確かに呼んだ。けど。
声には出していない筈だ。

(…どうして聞こえたんだろう…)

心の叫びが。
決別したくないというささやかな願いが、勝手に声をあげたんだろうか。
思うなり、黒子の胸の内が、突如せり上がってきたものにぐっと詰まった。
名前のつかない感情が込み上げてくる。
(……っ)
これは、たぶん。ずっと以前に胸の奥に閉じ込めてしまった想いだ。
振り向いてもらえない孤独。
上げたまま、合わされることなく、宙にとどまった拳。
行き場のない苦しさだとか、哀しさ。淋しさ。
そして、力の無い悔しさ。
だけど、どうして今になって。
どうして、今になって、溢れてくるんだろう。
それも、いきなり。
微かに、ほんの微かに黒子の顔が歪んで俯いた。身体の横で小さな拳がきゅっと握られる。
一瞬のそれを見逃さず、火神がぴくりと片眉を跳ね上げた。
「黒子?」
「火神君…っ」
名を呼ばれ、軽く小走りになって、黒子が目の前の大きな背に追いついた。
そのまま、火神の身体に抱きつくように両腕を回す。
いきなりしがみついて背に顔を埋められ、火神がぎょっとしたように肩越しに黒子を見下ろした。
「なっ、黒子…! どうしたんだよ、お前…!」
が、身長差のある黒子の顔は、火神の肩より遥か下方にあって覗き込むことさえままならない。
「おい、黒子」
「…何でもありません」
「何でもねぇなら、顔見せろコラ」
「や、です」
「嫌じゃねえよ。つーか、ホールドすんな、動けねぇだろ」
「だったら、動かないでください」
「って、お前な…!」
火神の両腕の上から抱きついて、黒子が広い背でくぐもった声を漏らす。
思いがけず強い力で拘束され、火神がやれやれと嘆息し、眦を下げた。
「しょうがねーな、ったく」
黒子の腕に火神の手が重ねられ、ポンポンと軽く叩く。緩めろよと催促され、黒子が僅かに腕の力を抜いた。
本気になれば細い腕を解くぐらい造作ない筈なのに、それでも自由にさせてくれる。
そんな火神のやさしさが黒子の胸に染み入る。
「…背中で泣かれると、気になんだよ」
ぼそりと言って、黒子の腕を解いて、火神が身体の向きを変える。
そして黒子と向き合うと、小さく震えている身体を腕の中へと包み込んだ。ぎゅっ…と強く抱きしめる。
「火神君…?」
「肩、冷えるだろバカ」
既に冷えてきた肩を暖めるように抱き包み、火神が促すように軽く黒子の背を叩いた。
「泣いていいぜ。今だけな」
「火神く……」
「俺の前で、ガマンすんな」
後頭部に大きな掌が添えられ、厚い胸にさらに引き寄せられる。体格差のある黒子の小さな身体は、そこにすっぽりと収まってしまうのだ。
あたたかい胸に顔を埋めて、黒子がぎゅっと固く目を瞑る。歯を食い縛って声を殺した。
「………っ」
ずっとつらくて、苦しかった。
誰にも言えず、ただ、自分の気持ちを無理に閉じ込めた。
泣くことも出来ないでいた。
だから、余計に苦しかった。
だけど、今。
そんな悔しさも、つらさも、苦しさも、背中を宥めるように撫でてくれる大きな手が和らげてくれる。
腕を回し、黒子が、火神のユニフォームの背をぎゅっと握り締めた。
「…あったかいですね、火神君は」
「そっか?」
「あったかいです…」
重ねて言って、火神の胸の上で目を細める。
やさしく髪を撫でられて、なんだかいつもと違う火神が、ひどくくすぐったく思えた。
火神のあたたかさが、胸の奥にまで染み込んでいく。心地よい。目を閉じる。
心がほぐされていく。

誠凛に来て良かった。
もう一度、バスケを好きになれて良かった。
火神に出逢えて、本当に良かった。
心から、そう思う。

やがて安堵したようにほっと息をつくと、火神を見上げて黒子が言った。
「それにしても。火神君って、おかしな人ですね」
「は…!?」
「大分変わってます、やっぱり」
「やっぱり、って何だよオイ!」
言われように、腕の中の黒子を見下ろし、火神が目を三角にする。口調は、もうすっかりいつもの黒子に戻っていた。
「そんな理由か、って言わないんですか?」
「あ?」
「今まさに戦ってる敵のことをそんな風に言われて、怒らないなんてどうかしてます」
「はぁ!? つーか、お前なぁ…!」
盛大に眉間を寄せ、そこに深い皺を刻んで、腕の中の黒子に火神が怒鳴る。
「テメーがヘコんでたみてーだから話聞いてやっただけだろ! それが変人扱いたぁ、ヒドくねえかコラ!」
顔面を近づけてがなる火神を、いつもの涼しい顔で見上げ、黒子がしれっと言った。
「へこんでません」
「嘘つけ、明らかにヘコんでたじゃねえか!」
「…ヘコんでません」
「ったく、とことん負けず嫌いだな、お前!」
いっそ感心するぜと吐き捨て、火神がぐいと黒子の両肩を掴んで腕の中から解放する。
そして、くるりと回れ右して身体の向きを変えた。
場外にある時計を見上げる。
そろそろ時間だ。


インターバルに入った直後。
ちょっと表の空気を吸ってきます、と言い残して出て行った黒子は、言葉の通り、冷たい冬の外気の中、1人ぽつんと佇んでいた。
その背が、いつもよりやけに小さく見えた。
(…それが、堪らなかったんだよ。1人ベンチで小せぇ肩を震わせて、タオルで顔を隠して泣いてた時も…)

俺はただ、泣いてるお前を見たかねーんだ。それだけだ。
あんな苦しそうな顔で泣いてるお前を見んのは、もう最後にしてえ。
してやりてえ。絶対に。

黒子の強さは、もう充分に知っている。
見かけによらず、タフで強靭な心を持っていることも。
それが、実は諸刃の剣であるということも。
だからこそ、強い支えが必要なんだということも。

「で。もういいのか?」
「大丈夫です」
「そっか。ま、泣きべそかいてちゃ、戦えねーからな」
からかうように言ってやれば、むっと黒子の唇が結ばれる。
強気の表情。
今の今まで火神の胸にしがみついて、声を殺して泣いてたなんて。
きっと誰も信じない。

「そろそろ時間だ、行くぞ。グズグズしてっと置いてくぜ」
「…はい」

火神の台詞に、黒子が心なしか小さい笑みを浮かべた。
置いてくぞと言いながら、いつも火神は待ってくれる。
猛然と後ろを顧みることなく突き進みながらも、必ず黒子が追いついてくるのを信じて待っていてくれるのだ。
だから、強くなれる。一緒に。
共に成長していける。


青峰の『影』でいた時は、追いかけるばかりだった。置いていかれまいと必死だった。
他を寄せつけない、圧倒的な強い『光』。
そんな青峰にとって、火神の光は、確かに淡く感じられたかもしれない。
だが今、黒子が再び得た『光』は、相手を灼きつくすようなそれとは違い、同レベルの光源と熱量を持ちながらも、他者を包みこむ、大きくてあたたかいそんな『光』なのだ。



「おし、後半も全力で行くぜ。勝つのは俺たちだ!」
「わかってます。負けません」
「ったりめーだ!」
「はい…!」


行くぞと言って、笑顔の火神に腕を引かれる。
その痛いほどの力強さが、黒子にとって、今はただ、たまらなく嬉しかった――。


「不感症なんです」(火黒)



部活帰りのマジバで、13個めのハンバーガーにまさにかじりつこうとした、その瞬間。
問題の発言は成された。

「…あ?」

口をあんぐり開けたまま、火神が視線だけを黒子に移す。
あまりの衝撃の発言に固まる火神に、どうやら聞いていなかったのかと勘違いしたらしい黒子が重ねて言った。

「僕、不感症なんです」

いや、聞いてねえし、そんなこと。
しかもニ度も言うこっちゃねえだろ、こんな店の中でと思いながら、火神がぴくりと片眉を跳ね上げる。
つーか。おい、待て。
いきなり、そりゃあ何だ。
衝撃のカミングアウトに、思わず頭の中が真っ白になる。
とりあえず落ち着け俺と、ぐいっと一気に飲んだコーラは、続いた黒子の言葉に思いきり噴き出した。


「青峰君に言われました」


「…ぁあ!? ゲホッ、ゴホッ」
「大丈夫ですか、火神君。制服がコーラでびしょびしょです」
「知ってるよ! つーか、なに冷静に言ってんだ、誰のせいだっての!!」
「…僕ですか?」
きょとんとしながらもタオルを投げて寄越す黒子を、当たり前だろ!と睨みながら、こぼしたコーラを火神がごしごしと拭き取る。
やれやれ。まったく。何だってこんな目に。
ぜってえ染みになるなと嘆息しながら、火神が思う。
まあ、そもそもこいつと出逢ってから、驚かされることばかりの連続だが。
いや、しかし今度のはちょっと毛色が違う。
(不感症だって? しかも、青峰のヤローに言われただって? ―つうことは、つまりその)
『不感症』というワードの意味するところを、ふと考える。
いや、考えるまでもなく、脳が勝手に動いて勝手な想像を次々と巡らせてしまう。男子高校生の脳は、こういう類の妄想にはやたらと活発に働くものなのだ。


まさか、こいつ。
青峰と。


脳内を過ぎったとんでもないエロシーンに、カッと赤くなる顔を火神が隠すように掌で覆ってテーブルに肘をつく。
いやいやいや、待て。有り得ないだろ。
女子ならともかく、こいつは男で、あいつも男で。
や、アメリカではあった。当然あった。だが、ここは日本だ。まさかそこまで進んでねえだろう。
たぶん、無い…筈だ。
とはいえ、思い当たる節はないでもない、いや、ないと言えない事もないというか。〈どっちだ〉
最初に会った時から、青峰の黒子に対する固執ぶりにはやや疑問を抱いていたのだ。
桐皇のバスケ部のマネージャーである桃井さつきが偵察がてら黒子に会いに来た時も、わざわざ単身で火神に挑みにやってきた。
その時の言いざまが、火神にはどうにも気にくわなかった。
完全上から目線なのにもイラっとしたが。
それ以上に。

黒子の、
――昔の『光』、だと。

正直あの時は、例えるならば、今付き合ってる女の昔の男がいきなり現れて、『テメエじゃあの女に似合わねえよ、つり合わねぇ』と水をさされた。そんな、最悪の気分だった。
『可哀想にな、テツも』
うるせえよ、畜生。
そっちこそ、テメエの勝手で黒子の手を離したくせによ。
今更現れて何抜かしてやがる。
その上、不感症だと?
上等じゃねえか。そんなのテメエのテクに問題があっただけってことだろ。
ろくに感じさせられもしねえくせに。
ざけんな、クソったれ!

「…火神君?」

バニラシェイクのストローを咥えながら、向かい合った前の席で不思議そうに黒子が見つめる。
「どうしたんですか。さっきから、ずっと黙ったままです」
「出るぞ」
「え。」
目前で1人百面相をしていたかと思えば、いきなり不機嫌な顔で席を立った火神に、首を傾げるように黒子がシェイクを片手に立ち上がる。
店を出て、行き交う車のライトに眩しげに手で遮り、背に追いついてきた黒子をちらりと見遣り、火神がゆっくりと歩き出す。
とはいえ、コンパスの違う2人は一緒に歩いていても、いつもどうしたって黒子の方が遅れがちになる。
後ろにいるだろうと思い、話しながら歩いていたら、振り返ったらいつのまにか姿が無かった、なんてこともしばしばだ。
もっとも、そんなことにも最近では随分と慣れた。
共にいる時間は、伊達ではないのだ。
クラスも一緒、席も前後、休み時間も部活も一緒で、部活後のマジバもこの頃は偶然ではなく、一緒に行くようになった。
〈1人で行っても気が付けば前にいるのだ。だったら、一緒に行った方が驚く手間が省けて良い〉
―それでも、中学の3年間にはまだまだ遠く及ばないが。
(…何を苛立ってんだ、俺は)
あれこれ悶々と考えても、埒が開かないのはわかっている。
黒子と青峰との間には、未だに火神が越えられない『何か』がある。潜んでいる。
不感症の件は、さておいても、だ。
「火神君。赤信号です」
「あぁ」
横断歩道を渡ろうとして、黒子に言われて目前の信号に気付いた。
そんな火神の後ろに立ち、大きな背を黒子が見上げる。
さっきから、気もそぞろ。かえってくる返事も生返事ばかりだ。
いったいどうしたんだろう。
首を傾げ、ふいに目の前にある火神の、脇のあたりをちらりと見た。
―手が動いたのは、ほぼ反射的な出来心だった。

「うぁおう!」

信号待ちをしているところで、後ろから突然両脇にえいと手を突っ込まれ、火神が思わず裏返った奇声を上げる。その原因が黒子と知るや、眉を吊り上げて猛然と振り返った。
「黒子!! テメェいきなり何しやがるっ! 車道に飛び出そうになっちまったじゃねえか、殺す気か!!」
「…あー。すみません」
「おい、なんだそのすっとぼけたリアクションは!」
「あ、青です」
変わった信号をのんびりと指差され、火神が仕方なく人の流れとともに歩き出す。
「けど。やっぱり、くすぐったいんですね。火神君でも」
「は? 火神君でもとはどういう意味だ」
「火神君も、てっきり不感症だと思っていたので」
「不っ…! テメエな、こんな大通りのど真ん中で何言って…!」
「違うんですね」
「いやお前、人を不感症呼ばわりしといて何で残念そうなんだよ! つーか、待て」
横断歩道を渡り切ったところで、火神がふと気付いて足を止めた。邪魔にならないように、黒子を連れて公園の入り口まで移動する。


おい、ちょっと待て。
不感症って。

…そっちの意味か?



…そういう意味、じゃねえのか?



そういえば、あまりの発言にすっかり話の前後を見失っていたが、よくよく考えてみれば、確かそんな話をしていたような気がする。
今日の部活後。
いったい何をやったか言ったかは知らないが、先輩の小金井が同じく2年の日向らに捕まって、『くすぐりの刑』を受けていた。
涙を流してげたげた笑う小金井の姿を思い出して、シェイクを飲みつつ、黒子がぼそりと言ったのだ。
「脇って、普通くすぐったいものなんですか?」
「は? そうだろ普通」
何気なく火神が答えた、そうだ、確かその直後だ。
黒子がしみじみ呟いたのは。
まるで重大な悩みを告白するが如く。
僕、不感症なんです、と――。
そして、その後に飛び出してきた青峰という名のせいで、すっかり考えが暴走してしまった。
つまりは、そういうことだ。
火神が、はあ…と、安堵のような疲れたような溜息を落とす。
(…まあ。どうでもいいけどよ)


紛らわしいだろ。
その表現は。


「おい。ちょっと腕上げてみろ」
「こうですか?」
言われるままに素直に万歳をする黒子を見下ろし、火神が疑い深く両の脇へと手を伸ばした。
試しに、実際くすぐってみる。

…なるほど。
おもしろいほど、無反応だ。

「まさにこれです」
「まあ…確かにな」
「青峰君にもつまらないと言われました」
「くすぐり甲斐がないってか?」
「はい」
あっそ。
そりゃそうだろうよ。
思いながら、くるりと向きを変え、火神がとっとと歩き出す。
何だかむしょうに馬鹿馬鹿しくなってきた。
中学時代の青峰が黒子をくすぐってみて、『んだよテツ、ちっとはくすぐったがれよ、つまんねーだろ』などと仲睦まじくやってた姿を想像して、ますます心底むっとする。
どうも他のキセキの面々とは違い、青峰に対してだけはバスケ以外でも気に食わないと思う所が多々あるが。
余程相性が悪いのだろう。
(…あのヤロー、考えただけでムカつくぜ。黒子にいちいちちょっかいかけやがってよ…!)
何に苛立っているのかはまったく無自覚に、火神が心中で毒付く。
そして駅に向かってさらに歩くスピードを上げかけ、唐突に立ち止まった。
降旗に、黒子に言っといてと伝言を頼まれていたことを、今になって思い出したのだ。
「―あ。やべぇ」
「どうしたんですか、火神君」
いつのまにか隣に来ていた黒子に、相変わらず”うおっ”と驚きながらも、火神が悪りぃ忘れてたと前置きする。
「あー。降旗のやつがよ。明日の放課後、図書委…」
言いかけたところで、派手なクラクションを鳴らし、数台連なった車が横を通り過ぎていく。
「え」
「いや、だからよ。図書委員会があるから」
が、再びパッパーーッ!とクラクションが鳴り響き、さらに数台の車がカーステレオから流れるロックを最大ボリュームにして走り去っていく。
「あぁ、くそ、うるせえ!」
「聞こえません、火神君。もっと大きな声で言ってください」
「だーかーら!」
次いで、前の車停まりなさいと声を上げながら、パトカー数台が赤いフラッシャーを廻して通り過ぎる。
仕方ねえなと火神が上体を倒し、身長差のある黒子に耳元へと唇を近づけた。
「…っ」
「…は?」
大きな瞳をさらに見開いて、いきなりぱっと耳を押さえた黒子に、それを見下ろして火神もまた驚いた顔になる。
サイレンの音が遠ざかっていく。
それを聞きながら、火神がふいににやりと嗤った。
絵に描いたような、人の悪い笑みだ。
指で、ちょいちょいと黒子を招く。
「黒子、ちょい来い」
「そんな2号みたいに呼ばないでください」
「もうちょい、こっち」
「な、何ですか。ちょ…っ」
先程と同じように、火神が黒子の耳元へと唇を寄せる。
「…ッ」
「へえー」
反応はさっき以上に顕著だった。
黒子が慌てて耳を押さえる。
ますます火神の顔が愉しげになった。まるで悪戯を思いついた子供のようだ。
「もっかい」
「嫌です。ちょ、離してください火神君」
耳をガードしようとする手を無理矢理掴んで引き剥がし、今度はさらに意図的に耳腔めがけて息を吹き込む。びくりと黒子の両肩が跳ねた。
「…っ、か、火神君」
「耳、真っ赤だぜ?」
片腕を掴まれ、睨むように見上げてくる黒子を見下ろし、くすくす笑いながら再び耳元で火神が囁く。


「良かったな、黒子。不感症じゃねえよ、お前」


「…ッ」
びくんと片目を瞑る黒子を引き寄せ、さらに接近する。が、そこまでだった。
あっという間に反撃された。
「どぉわぁあっ!」
隙だらけの脇をくすぐられ、火神が思わず叫んで身を退ける。
「てっめえ…」
「やられっぱなしは性に合いません」
「ああ、そうだよな。そういうヤツだよなお前って」
顔に似合わず、負けず嫌い。
だが。
そういうところも、多分気に入っている。
臨戦体勢を取る黒子に、火神がまるで1on1を挑むかの如く、腰を落とす。口角を愉しげに持ち上げる。
「よーし、行くぜ。黒子」
「どこからでもどうぞ」
派手なはしゃぎ声を上げながら〈主に火神〉、まるで子供のように夜の歩道で戯れる男子高校生2人を、道行く帰宅途中の人々がやれやれと呆れながら、それでも微笑ましげに通り過ぎる。
「黒子っ、テメッ、こんな時までミスディレクション使うな!」
「いやです。火神君相手なら、僕はいつだって本気でいきます」
「言ってくれるじゃねえか」
こんな遊び一つとっても、本気(マジ)モードとは喜ばしい。
素早く手を伸ばし、しなやかな腕を捕まえ引き寄せれば、もう一方の黒子の手が隙をついて伸びてくる。
それも封じてやれとばかり、細い手首を無理矢理掴んで、強引に腕の中に閉じ込めた。
そうして、既に赤くなっているやわらかそうな耳朶に唇を寄せ、かぷりと甘咬みする。
「…ぁ!」
肩が跳ね、今度は微かに可愛いらしい声が漏らされた。
「―感度良好」
「って、何がそんなに嬉しいんですか、バカですかっ」
「うるせえよ」
微かに染まる頬を隠すように俯いて、火神の腕の中でじたばたと黒子が藻掻く。
それを抱き寄せるようにしながら、喜色が湧き起こる胸で、火神が思った。
(ああ、今度会ったら、青峰に教えてやらねえとな―)



こいつ。
ぜんぜん不感症じゃねえぜ?


つってよ。


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