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前途に光



『この際ハッキリ言ってやる。そいつはムダな努力だ。―お前じゃ俺を倒せねぇ』


冬の冷たい風に頬を打たれながら、黒子が青峰の言葉を頭の中で反芻する。
完膚なきまで、徹底的にしてやられた。まるで歯が立たなかった。
あれほど入念に培ってきた努力の芽が、残酷なくらいに容易く毟り取られた。微塵ほどの容赦もなかった。
それが彼の強さだと、わかってはいたけれど。
黒子が悔しげに、薄い唇をきゅっと噛み締める。


―青峰大輝。
帝光中学のバスケ部に入部してまもなく、彼は黒子の憧れの存在になった。
1年で、入部してすぐさま一軍スタメン入りを果たした、才能に溢れた選ばれた1人。
とても手の届かない遠い存在だった。
それでも、少しでも彼のようになりたい近づきたいと思い、黒子は毎日部活が終わってからも1人、第4体育館で黙々と練習を続けた。
だから、そんな青峰の方から声を掛けられ、毎日一緒に練習するようになった時は、天地がひっくり返るくらい嬉しかった。本当に夢のようだった。
何の変哲もない穏やかな日常が、一変した。
日々がいきなり輝き出したのだ。
さらに赤司にも認められ、一緒に試合に出るようになると、ますます黒子は真骨頂を発揮した。
絶妙のタイミングで出したパスを青峰が受け、見事なダンクを決める瞬間、黒子の胸は喜びで弾んだ。何よりも満たされる瞬間だった。
黒子にとって青峰の存在は、名実ともにまさしく『光』だったのだ。
――が。
とどまるところなく才能を開花させ、進化し続ける青峰のバスケは、やがて影の存在を必要としなくなっていった。
彼の信じるものは、もう自分以外なくなってしまったのだ。
天才プレイヤーの孤独。
だが、黒子にそれが理解できよう筈もなかった。
自ずと、自分の力の限界を思い知った。
それでも、もう一度、あの大きな拳と自分の拳を合わせて欲しくて、懸命に追いかけた。待ってはくれない背を、ただ焦がれてついていった。
だが。
パスを受けてくれなくなった青峰の傍でバスケを続けることは、もう苦痛でしかなかった。
そして、青峰の影でなくなった黒子は、同時に、帝光バスケ部での居場所をも次第に失っていった。
赤司にそれを通告される前に退部を決めたのは、自己防衛のためだったろう。
テツヤはもういらないよ、と宣告されてからでは、二度と立ち上がることが出来なくなると気付いていたから。
それにこれ以上、大好きだったバスケを嫌いになりたくはなかった。

逃げるようにバスケを離れた時、胸にあったのは、微かな安堵と、虚しい解放感と、果てのない無力感だけだった。
悔しさはなかった。涙もなかった。
何も無かった。
それが逆につらかった。

青峰という光を失い、バスケをやめ、黒子の日々は輝きを失った。
自分の存在が、今まで以上に希薄に思えた。
もう誰も、僕を見ない。見つけてくれはしない。
ぼくはもう、影でさえないんだ。




それでも。



それでも。
ずっと、
胸で燻り続けていた願いがあった。





『ただもう一度。青峰君が笑ってプレイする姿を見たい』





あんなにバスケが大好きだった青峰の、楽しそうにプレイをする姿をもう一度。
どうしても見たかった。






ウィンターカップ初戦。対・桐皇戦。
後半が始まる前の10分間のインターバル。
黒子を捜しに来た火神に、黒子はしんみりと青峰とのいきさつを話して聞かせた。
話したところでどうなることでもないし、ましてや、相手は今まさに戦っている敵チームのエースだ。

何寝ぼけたこと言ってやがる、そんな場合か!
わかってんのかテメー、そいつは今、俺が必死で戦ってる相手なんだよ!
笑ってプレイする姿が見たいだぁ!? ふざけてやがんのか!?

そう怒鳴られてもおかしくない筈だった。
言ってしまってから、黒子も、内心しまったと思った。
だが、実際の火神の反応は、黒子の予想とは全く相反したものだった。
火神は、ただ静かに黒子の話に耳を傾け、そして、こう言ったのだ。
「俺たちが勝ったところで、あいつが変わるかどうかなんてわかんねー。ただ、負けたら、それこそ今までと何も変わらねぇ」
言って、黒子に大きな背を向ける。ウインドブレーカーが風に靡いた。
「俺たちに出来んのは、勝つために全力でプレイすることだけだろ?」
黒子が、その言葉にはっとなる。
そうだ、確かにその通りだ。
言われてみれば、簡単なことだった。
火神が言うと、不思議とそう思える。
そんな単純なことで、今まで悶々と考えを巡らせていたのか。
思えば、自然と黒子の口許が持ち上がった。
(―そうだ、勝つんだ。今は、それだけだ)
勝てば、きっと答えは自ずと出る。
その代わり、火神の言う通り、もし負けたらそこまでだ。
今までと何も変わらない。変えられない。
上げた黒子の眼差しの向こうで、冬の太陽が鮮やかに火神の背を照らし出す。
頼もしいエースの背中。
微笑む黒子の瞳が、だが次の瞬間、僅かに陰った。
無意識に、火神の背を青峰の背とダブらせてしまったのだ。
強すぎる光の前では、影は存在を失われる。
影をも一緒に、強い光の中へと取り込んでしまう。
―いつか、そうなってしまうんだろうか。火神も。
辺り一面をその強い光で包んで、影の存在を消し去ってしまう、苛烈な光源になるのだろうか。



嫌だ、それは。


消えたくない。
ずっと一緒に戦いたい。
共に在りたい。
火神君と。



(火神君…)



心の中で無意識に呼んだ黒子の声に、ふいに火神が振り向いた。
「あ?」
「えっ…」
突然振り向かれ、虚を付かれたように驚く黒子の顔を見て、火神がいぶかしむように眉を寄せる。
「何だよ、呼んでおいてびっくりすんな」
「僕…ですか?」
呼びましたかと首を傾げる黒子に、火神の顔がますます怪訝そうになった。
「おい、何すっとぼけてんだよ。今、呼んだだろ?」
まさかお化けじゃねえよな?とでも言い出しかねない火神を見つめ、黒子もまたむぅ…と眉を寄せた。
確かに呼んだ。けど。
声には出していない筈だ。

(…どうして聞こえたんだろう…)

心の叫びが。
決別したくないというささやかな願いが、勝手に声をあげたんだろうか。
思うなり、黒子の胸の内が、突如せり上がってきたものにぐっと詰まった。
名前のつかない感情が込み上げてくる。
(……っ)
これは、たぶん。ずっと以前に胸の奥に閉じ込めてしまった想いだ。
振り向いてもらえない孤独。
上げたまま、合わされることなく、宙にとどまった拳。
行き場のない苦しさだとか、哀しさ。淋しさ。
そして、力の無い悔しさ。
だけど、どうして今になって。
どうして、今になって、溢れてくるんだろう。
それも、いきなり。
微かに、ほんの微かに黒子の顔が歪んで俯いた。身体の横で小さな拳がきゅっと握られる。
一瞬のそれを見逃さず、火神がぴくりと片眉を跳ね上げた。
「黒子?」
「火神君…っ」
名を呼ばれ、軽く小走りになって、黒子が目の前の大きな背に追いついた。
そのまま、火神の身体に抱きつくように両腕を回す。
いきなりしがみついて背に顔を埋められ、火神がぎょっとしたように肩越しに黒子を見下ろした。
「なっ、黒子…! どうしたんだよ、お前…!」
が、身長差のある黒子の顔は、火神の肩より遥か下方にあって覗き込むことさえままならない。
「おい、黒子」
「…何でもありません」
「何でもねぇなら、顔見せろコラ」
「や、です」
「嫌じゃねえよ。つーか、ホールドすんな、動けねぇだろ」
「だったら、動かないでください」
「って、お前な…!」
火神の両腕の上から抱きついて、黒子が広い背でくぐもった声を漏らす。
思いがけず強い力で拘束され、火神がやれやれと嘆息し、眦を下げた。
「しょうがねーな、ったく」
黒子の腕に火神の手が重ねられ、ポンポンと軽く叩く。緩めろよと催促され、黒子が僅かに腕の力を抜いた。
本気になれば細い腕を解くぐらい造作ない筈なのに、それでも自由にさせてくれる。
そんな火神のやさしさが黒子の胸に染み入る。
「…背中で泣かれると、気になんだよ」
ぼそりと言って、黒子の腕を解いて、火神が身体の向きを変える。
そして黒子と向き合うと、小さく震えている身体を腕の中へと包み込んだ。ぎゅっ…と強く抱きしめる。
「火神君…?」
「肩、冷えるだろバカ」
既に冷えてきた肩を暖めるように抱き包み、火神が促すように軽く黒子の背を叩いた。
「泣いていいぜ。今だけな」
「火神く……」
「俺の前で、ガマンすんな」
後頭部に大きな掌が添えられ、厚い胸にさらに引き寄せられる。体格差のある黒子の小さな身体は、そこにすっぽりと収まってしまうのだ。
あたたかい胸に顔を埋めて、黒子がぎゅっと固く目を瞑る。歯を食い縛って声を殺した。
「………っ」
ずっとつらくて、苦しかった。
誰にも言えず、ただ、自分の気持ちを無理に閉じ込めた。
泣くことも出来ないでいた。
だから、余計に苦しかった。
だけど、今。
そんな悔しさも、つらさも、苦しさも、背中を宥めるように撫でてくれる大きな手が和らげてくれる。
腕を回し、黒子が、火神のユニフォームの背をぎゅっと握り締めた。
「…あったかいですね、火神君は」
「そっか?」
「あったかいです…」
重ねて言って、火神の胸の上で目を細める。
やさしく髪を撫でられて、なんだかいつもと違う火神が、ひどくくすぐったく思えた。
火神のあたたかさが、胸の奥にまで染み込んでいく。心地よい。目を閉じる。
心がほぐされていく。

誠凛に来て良かった。
もう一度、バスケを好きになれて良かった。
火神に出逢えて、本当に良かった。
心から、そう思う。

やがて安堵したようにほっと息をつくと、火神を見上げて黒子が言った。
「それにしても。火神君って、おかしな人ですね」
「は…!?」
「大分変わってます、やっぱり」
「やっぱり、って何だよオイ!」
言われように、腕の中の黒子を見下ろし、火神が目を三角にする。口調は、もうすっかりいつもの黒子に戻っていた。
「そんな理由か、って言わないんですか?」
「あ?」
「今まさに戦ってる敵のことをそんな風に言われて、怒らないなんてどうかしてます」
「はぁ!? つーか、お前なぁ…!」
盛大に眉間を寄せ、そこに深い皺を刻んで、腕の中の黒子に火神が怒鳴る。
「テメーがヘコんでたみてーだから話聞いてやっただけだろ! それが変人扱いたぁ、ヒドくねえかコラ!」
顔面を近づけてがなる火神を、いつもの涼しい顔で見上げ、黒子がしれっと言った。
「へこんでません」
「嘘つけ、明らかにヘコんでたじゃねえか!」
「…ヘコんでません」
「ったく、とことん負けず嫌いだな、お前!」
いっそ感心するぜと吐き捨て、火神がぐいと黒子の両肩を掴んで腕の中から解放する。
そして、くるりと回れ右して身体の向きを変えた。
場外にある時計を見上げる。
そろそろ時間だ。


インターバルに入った直後。
ちょっと表の空気を吸ってきます、と言い残して出て行った黒子は、言葉の通り、冷たい冬の外気の中、1人ぽつんと佇んでいた。
その背が、いつもよりやけに小さく見えた。
(…それが、堪らなかったんだよ。1人ベンチで小せぇ肩を震わせて、タオルで顔を隠して泣いてた時も…)

俺はただ、泣いてるお前を見たかねーんだ。それだけだ。
あんな苦しそうな顔で泣いてるお前を見んのは、もう最後にしてえ。
してやりてえ。絶対に。

黒子の強さは、もう充分に知っている。
見かけによらず、タフで強靭な心を持っていることも。
それが、実は諸刃の剣であるということも。
だからこそ、強い支えが必要なんだということも。

「で。もういいのか?」
「大丈夫です」
「そっか。ま、泣きべそかいてちゃ、戦えねーからな」
からかうように言ってやれば、むっと黒子の唇が結ばれる。
強気の表情。
今の今まで火神の胸にしがみついて、声を殺して泣いてたなんて。
きっと誰も信じない。

「そろそろ時間だ、行くぞ。グズグズしてっと置いてくぜ」
「…はい」

火神の台詞に、黒子が心なしか小さい笑みを浮かべた。
置いてくぞと言いながら、いつも火神は待ってくれる。
猛然と後ろを顧みることなく突き進みながらも、必ず黒子が追いついてくるのを信じて待っていてくれるのだ。
だから、強くなれる。一緒に。
共に成長していける。


青峰の『影』でいた時は、追いかけるばかりだった。置いていかれまいと必死だった。
他を寄せつけない、圧倒的な強い『光』。
そんな青峰にとって、火神の光は、確かに淡く感じられたかもしれない。
だが今、黒子が再び得た『光』は、相手を灼きつくすようなそれとは違い、同レベルの光源と熱量を持ちながらも、他者を包みこむ、大きくてあたたかいそんな『光』なのだ。



「おし、後半も全力で行くぜ。勝つのは俺たちだ!」
「わかってます。負けません」
「ったりめーだ!」
「はい…!」


行くぞと言って、笑顔の火神に腕を引かれる。
その痛いほどの力強さが、黒子にとって、今はただ、たまらなく嬉しかった――。


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